今日の有名企業が、明日の有名企業だとは限らない。

中央大学 職員 キャリアカウンセラー 谷祐史

新卒で、なんとか就職はしたものの・・・!?

本誌 実は「シゴトノヲト」に、大学のキャリアセンターの方が登場するのは、初めてなんです。今日はキャリアカウンセラーとしてのお話を中心にお聞きしたいと思っていたのですが、谷さんのプロフィールを拝見していると、ご自身がじつに興味深いキャリアを歩まれていらっしゃいます。そのあたりのことも、伺えたらいいなと思います。よろしくお願いします。

 こちらこそ、どうかお手柔らかにお願いします。

本誌 谷さんは学生時代、地震学を専攻されていました。就活時に、どんな職業が選択肢としてあったのですか?

 実は、地震学専攻だと、学者になる以外、道はあまりないんです。地学の中でも地質学ならば、地質調査が必要なボーリング会社や土木会社などへ就職することもできました。ところが地震学ということになると、ほとんどニーズがない(笑)。私は、構造計画研究所という会社に、なんとか入社しました。

本誌 耐震偽装事件で注目を集めた、建物の構造計算を行う仕事ですね。

そうです。でも、実際に構造計算というのは、純粋に工学系の仕事だったんですね。私の地震研究は、自然科学系。ちょっと違っていた。建物の構造計算をちゃんと学問として勉強してきた方々が中心になって仕事をしているわけで、私の知識では対応できない。大学でやっていた研究と近い会社を選んだつもりだったのですが、実際には全く違う世界でした(笑)。

本誌 でも入社するときには、大学で勉強してきたことが少しでも活かせるだろうと思っていたんですよね。

 先輩も働いていましたし、なんとかなるだろうと。私はコンピューターで地震を解析するのが得意だったわけでもありませんので、学生時代の勉強はまったく役に立たず・・・。そこでソフトウェア開発の部署に配属されて、SEとかプログラマーのような仕事をすることになったんです。

本誌 しかし、2年足らずで退職されます。入社してみたものの、やりたいことではなかった、という理由からですか?

 最初はまったくプログラムのことがわからない。でも、一年もたつとある程度書けるようになってくる。そこで生意気にも、自分が一年間で出来るようになるなんて大した仕事じゃないと思ってしまったんです。今思えば、大きな勘違いなんですけれど(笑)。

本誌 まさに、若気の至りですね(笑)。次に選択された職業も、地震とは関係ないものでしたよね。

最初の2つの会社は、社会へ出るためのインターンシップだった?

 そうなんです。情報処理学会の本を読んでいた時に、アメリカにはテクニカルライターという職業があって、それが日本にはいってきているということを知ったんです。テクニカルライターという仕事は、分かりにくい専門用語を分かりやすくして伝える仕事だという風に理解しました。わたしは文章を書くことも好きでしたし、分かりにくいことを分かりやすく伝えることも得意だと思っていたので、これは天職なんじゃないか!と、思ったんです。

本誌 社会人経験はあっても、テクニカルライターとしての経験はゼロですよね。転職活動は大変ではありませんでしたか?

 たまたま、ある印刷会社の制作部門がテクニカルライターを募集していると聞いて、丁稚奉公でいいから採用してくれと頼み込みました。半分と言ったらオーバーですが、給料はずいぶん減りました。プロデューサーやグラフィックデザイナーなど初めて聞く名前の職業の人に囲まれて、右往左往(笑)。2年間でスキルを身につけるぞと心に決めて、テクニカルライターの修行をしました。振り返ってみると、最初の2つの会社は私にとって、社会へ出るためのインターンシップだったのではないかと思いますね。

本誌 修行をしてスキルを身につけたら次のステップに進もうと考えていたのですね。

 そうですね。私はその会社でソフトウェアのテクニカルライターをやっていたのですが、少しでも仕様が変わるとマニュアルも改訂しなくてはいけない。改訂の度に印刷して・・・印刷事業としてはそれで儲かるのですが、経済的でもないしユーザーにとっても不便だと思っていました。当時はインターネットの商用サービスさえ存在せず、パソコン通信と呼ばれる通信手段の時代でしたが、将来的にマニュアルなどは電子化して、ネットのどこかに置いておいて閲覧できるようにすれば、改訂もカンタンで、常に最新ものが見られるようになると考えていたんです。ネットワークが将来自分の仕事になる気がしてしかたがなかった。そこでいろんな情報にアンテナをはりめぐらせていたら、福武書店(現・ベネッセ)がニューメディア開発者募集という広告を出していたんです。これだと思い応募したら、運良く合格しました。1991年のことです。

本誌 ベネッセには2004年まで13年間在籍されますね。

 ベネッセは進研ゼミなど教育関係の事業が強い出版社です。当時、中学校ではパソコン教育が始まったばかり。でも、どの学校もパソコンを導入したのはいいが、どう使っていいかわからないような状況だった。そこで、我々が学校向けのパソコン教材を開発することになり、私はその開発担当者となりました。その後部門の統廃合などいろいろあって、ベネッセへと社名変更(1995年)するまで、いくつかのニューメディア関連のいろんな新しい仕事を経験しました。ネットワークへの可能性を夢に描いてはいましたが、具体的にこれがやりたいという仕事はまだわからなかったので、目の前の新しい仕事にチャレンジしているうちに時間がたってしまったという感じです。

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キャリア教育と出会い、大学のキャリアセンターへ。

本誌 そのなかで、何か大きな出会いがあったのでしょうか?

 やはり、キャリア教育ですね。大学部という部署で、大学に対して営業マンのような仕事をしていた時期があったんです。1990年代後半、大学のレジャーランド化に警鐘が鳴らされていた頃です。2000年代には、大学にキャリアセンターが設立されはじめました。私も「大学時代に友だちと遊ぶのも社会勉強のひとつには違いないけれど、同年代だけとつるんでいたのでは視野が広がらない」。そう考え、特に大学一年二年生のキャリア教育に興味を持つようになった時に、中央大学にキャリアセンターが新設されたことを知り応募しました。

本誌 仕事の中での出会いや縁が、谷さんの目標の先につながっていたんですね。ところで、他の大学のキャリアセンターは受けなかったのですか。

 私の場合、どの転職もそうなんですけれども、その会社を辞めたくて転職活動をしたわけではないんですね。キャリア教育に深い興味を持ったときに、たまたま中央大学に縁があった。中央大学が駄目だったら、ベネッセにいればいいと思っていました。

本誌 中央大学では実際にキャリア教育としてどんな取り組みをされているんですか。

 中央大学では『C-compass』という学生のコンピテンシー(行動特性)向上を支えるシステムを独自に開発しリリースしているんです。具体的に言うと、大学で身につけられる28のコンピテンシーを定義(注:2014年4月より31個)して、学生自身が画面上でチェックできるようにしたものです。学生は定期的に『C-compass』を使うことで自己評価できる。能力が低い部分があれば、どうやってこの能力を上げるかという目標設定を半年に一回する。そういうことができる仕掛けを提供しています。これはキャリアセンターだけではなく、全学をあげて取り組んでいるもので、「社会に出てから必要な能力は、大学の授業・課外活動などを通して大学生活のなかで養うことができる」という大前提を立てて、学生自身のなかでPDCAサイクルを何度も何度もまわしてもらい、成長してもらおうという考え方です。キャリアセンターとしては、このシステムを学生たちにたくさん使ってもらおうと動いていて、ここ数年間ではこの取組が一番大きなものですね。

本誌 学生は28のコンピテンシーすべてについて平均より上を目指さないといけないんですか。

 当然人によってばらつきがあります。ただ中央大学のすごいところは、1年生はこうあってほしい、2年生はこうあってほしいという大学からの具体的な数値メッセージが学生に伝わるんですよ。それを基準に自己評価する。人によって甘辛はあると思うんですけど、ある程度のレベルを超えていたら自信になりますよね。

本誌 そうだと思います。自分を客観視する能力は、社会人にとって一番必要なことですよね。

本誌 それは、企業というか社会が、今の大学生に感じている不満を解消しようという目的から開発されたのですか?

 たとえば小学校の算数の問題も解けない大学生とか、ごく一部のトピックを週刊誌などで面白おかしく揶揄されています。大学進学率が30%くらいの時代には、たしかにそんな学生はいなかったと思うんです。大学進学が当たり前の時代になって、学生の数が増えたことによって社会人としては物足りない学生が相対的に増えてきたのは事実かもしれません。企業側からの目線でいうと、就職ナビの登場で誰でもどんな会社でもエントリーできるようになった。いままでなら会うことのなかったレベルの学生が選考に残ってきて、結果として物足りない学生が多いように感じているのかもしれません。

毎日の生活の中で知っている企業だけしか、
世の中に存在しないのが学生の感覚。

本誌 とはいえ、学生たちは卒業後、就職していかなければならない。いま谷さんが関わったいらっしゃる学生さんたちは、どんなところで悩んでいますか。

 就活に直面した時の悩みはもちろんありますが、それ以前に大学進学率も高くなってきている今、大学の次は会社に行かなければならないし、また行けるんだという考えをもっている学生が多いんです。そうすると、この大学のこの学部を卒業するんだから、このくらいの会社には行けるんでしょう、となんとなく思っているふしがある。そして、就活でリアルな現実に直面するまで、その大きな隔たりと言いますか、段差になかなか気づかない学生がいるような気がします。

本誌 それで、就活ではみんなが数%の人気企業に集中するんですね。

 大学生までは、典型的な消費者でしかなくて、極論を言えば自分の生活の中で知っている企業しか世の中に存在しないのも同じなんです。

本誌 でも大学受験のときは、自分の実力にあった大学を調べますよね。

 大学の数が限られているうえに、偏差値というヒエラルキーが一覧表になっているからだと思います。企業の数となると大学とは桁違いですから、情報処理能力が追いつくわけもない。そうなると、まずは知っている会社からというのが、人間として普通の考えだと思います。私よく言うのですが、これは今に始まったことでなく、50年前からそうだったと思うんですよ。

中央大学では1年生のころから、仕事とか就職という視点から企業の見方を変えようという努力はされているのですか。

本誌 やっています。私が担当した授業などは、まさにそういうことをテーマにしています。例えば、これから電気自動車が主流になっていくとすれば、おそらく完成品を作るメーカーは現在ある自動車メーカー。しかし部品を供給するメーカーはガラッと変わってくる。リチウムイオン電池やモーター技術などでは世界的なトップメーカーが日本にはあるわけですよね。そういう企業の名前を挙げて、「世の中が変われば、こういう企業が利益を上げると思うのだけど、みんなはどう思う?」。そういうことを90分の中で何度も訴えるんです。

本誌 確かに、Yahoo!も楽天も一昔前には存在しなかった企業です。谷さんのベネッセへの転職も、そういう考えに基づいていますね。しかし、どうしても伝統的な有名企業に対するイメージの蓄積が非常に大きい。

 名の通った企業への就職を望んでいる親御さんが多いのは事実。それが子供の幸せだと思う親御さんの気持ちも理解できる。だから私は1、2年生の時からこれから世の中はこう変わるんじゃないの?これからどんな会社が伸びていくのか考えていこう。今日の有名企業が、明日の有名企業だとは限らない。もちろん勉強が優先だけれども、時間はたっぷりあるのだから、空いた時間で世の中を分析してみる癖をつけてほしいと1年生に何度も言っている。学生たちが知らない会社について「ここは将来伸びそうだ」と私が興奮気味に話しているのを聞いているだけで、何か心に残っていれば就職活動を始める時に視野が広がっている学生が増えるんじゃないかと期待しているんです。

ネットを検索するより、むしろ人に会って話を聞くほうが重要。

本誌 今後、人口は確実に減るし、内需も縮小していきます。急成長しているアジアの若くて優秀な人材も、日本の学生の直接のライバルになってきます。

 だからこそグローバル人材の育成は大学が抱える最も大きなテーマのひとつなんです。国内企業で、海外から来た優秀な人材と競う力をつけることも重要だし、海外に出て行って働くという選択肢もある。そもそも国内という考え方自体がグローバル化と逆行しているのかもしれません。学生にもよく話すのですが、今年20万円の給料を貰っていたら来年は21万円欲しいのは当たり前。1年経てば自動的に給料上がるのがこれまでなら、これからは自分の働きで1万円のプラスアルファを要求出来るようにならないといけない。

本誌 もしかしたら答えにくい質問かもしれませんが、現状の就職ナビについてはどうお考えですか?

 私は、断定的に「就職ナビ=悪」だとは思っていないんです。学生が色々な会社を探しやすくなったという点では大きな効果があったと思う。ただ、Googleの情報が世界のすべてだと勘違いする人がいるように、ナビに参加している企業が社会の全てだと思い込んでいる学生もいる。企業情報も簡単に入手できるからOB・OGや企業の社員の話を直接聞こうと努力しなくなる。学生たちには、ナビ自体が商業ベースなもので、広告だという認識をもってほしい。情報ソースがナビだけだと苦労すると思います。ネットを検索するより、むしろ人に会って話を聞きなさいと言いたいです。

本誌 アポを取って実際に会いに行くのは今の学生にとっては、かなりしんどいことですよね。

 昔は必要に迫られて動いていたけれど、今は必ずしも迫られないということがナビの登場によって起こった現象だと思います。ただ、ナビ以外の情報を手に入れよう、手に入れたいと思う学生がどうやって行動を起こすか、その行動力がまさにコンピテンシーであって、それを大学生活の中で独自に育成していかない限り、ナビ依存は解消されません。

本誌 そのためには大学はどう進化しないといけないですか。

 そうですね・・・大学がというか、学生が自らトライ&エラーを臆せずできる環境をどうやって提供するか。大学も試行錯誤をしていかなければなりませんね。

本誌 最後にキャリアセンターの現在の谷さんのお立場から、就活生にアドバイスをお願いします。

 ある人の言葉の受け売りなのですが「大学受験ではあんなに勉強したじゃないか。たった4年の為に。なぜこれからの40年のためにもっとやらないのか!」。

本誌 素晴らしい!それは本当に素晴らしい言葉です!

 ただ、受験対策のようにやるのは良くないから、1年生の時から無理なく社会を知る努力をして、自分の力をつけていく。そんなプロセスを将来のために続けてほしいですね。

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