W杯のこと。Jリーグのこと。そして私のこと。  〈後篇〉

Jリーグチェアマン  村井満

■大きな組織で働いていく自信がなかった。

村井 当時のリクルートは人気のない企業で、学生が列をなすようなこともなかった。採用試験の課題は「あなたが本当にリクルートに入りたいと思うなら、24時間以内にリクルートに内定するような友だちをひとりつれてきなさい」。

本誌 なんですか、それは?意味がわからない。

村井 要するに、村井がリクルートの採用基準を理解しているかどうか、連れてきた人物を見てジャッジしたいということ。そして24時間以内にその友人を説得して連れてくることで、それくらいリクルートに対する志望動機が強いことを確かめるんだと。ふたつとも理にかなってるじゃない。

本誌 それで、友だちは見つかったんですか?

村井 キャンパスに走って、もうかたっぱしから声をかけた。すると、金井くんっておもしろい奴がいて「イイネ、村井。その会社受けに行こう!」。そうしたら、ふたりとも内定が出たんです。

本誌 おお、素晴らしい。金井さんは、そのあともご一緒に・・・?

村井 「もう、そろそろいいかな、村井くん。ぼくは、マスコミに行きたいんで」と、あっさり内定辞退して帰っていった(笑)。彼は、最初から入社する気なんてなかったんです。

本誌 村井さんを入社させるために、共闘してくれたんですね。いい友だちです。

村井 後日談があって、入社後、採用担当者に「どうしてあんな課題を出したんですか?」って聞いたら「採用目標にひとりショートしていたんだよ(笑)」。まあ、とんでもない会社でした。

本誌 そこまで村井さんを惹きつけたリクルートには、どんな魅力があったんですか?

村井 就活対策の時事問題集なんかやっても、ほとんど答えられない。常識もないし、いつも寝坊して遅刻ばかり。自分には大企業や銀行のような大きな組織でやっていける自信がなかった。リクルートはまだ小さな会社だし、スキ間だらけ。なにか人のやっていないことがやれそうな雰囲気が漂っていたのかなぁ?入ってみたら案の定、スキ間だらけだった(笑)。

■最初の上司に「楽しく飲む力」を教わった。

本誌 30数年間の社会人生活の中で、村井さんのキャリア形成において最も重要だった時期はいつですか?

村井 1年目から5年目くらいと、管理職になって1年目の頃かな。

本誌 どちらも新しい環境になってすぐの時期ですね。

村井 小1の時の担任はよく覚えていても、3年4年となると記憶が曖昧になる。社会人も同じで、最初の上司はよく覚えていても、異動を繰り返しているうちに、どの順番だったっけ?なんてなっちゃう。とにかく節目節目に、最初に現れた人に影響を受けていると思いますね。最初の上司からは、「楽しく飲む力」を学んだよね。神田駅の路地裏の居酒屋で・・・。

本誌 確かに!

村井 この「楽しく飲む力」は、Jリーグのチェアマンになる前の3年間、RGF Hong Kong Limited(リクルートホールディングスのアジアにおける人材斡旋事業の統括会社)の経営者として、アジアの人材企業とM&Aなどの交渉をしていく上で、とても役に立ちました。普通M&Aって、デューディリジェンスとかいって相手の資産内容を徹底的に調べあげて、交渉してと、その道のプロの仕事のように思うけれど、経営者どうしは、若者のように夢をガチンコで語り合うんです。アジアの企業はまだオーナー企業が多いので、会社は自分の子供。それを売却するとなると、従業員の顔が浮かび、苦労の歴史が走馬灯のように流れる。そのときに、交渉相手である私たちが札束を数えるような姿勢で臨んでも決してうまくいかない。「アジアで世界一の人材ビジネス連合を、いっしょに作ろうよ」と、こちらの熱意を伝え続けるしかない。たとえばルイーザさんっていう女性経営者とは、何百回飲んだかわからない。何百回ダンスを踊ったかわからない。お酒じゃなくても、烏龍茶でもいいんですよ。「楽しく飲む力」これが、すごく大切だなと実感しました。

■常に「緊張する方を選ぶ」。それが成功につながる。

本誌 そういえば、10年前にリクルートエージェントの社長になったとき、「釘崎さぁ、オレ社長になっちゃうんだよ」って困った声で電話かけてきたのを、今でも覚えています。

村井 「リクルートの執行役員をやれ」って当時の社長に言われた時も、受けるのやめようかと思って、相当悩んだ。もう、会社やめちゃおうか、と思うくらい。社長なんて、もっといやだった。

本誌 なぜですか?会社員にとっては、最高に名誉なことですよね。

村井 役員になんかなっても、ちっともいいことないんだもん(笑)。今こうして普通に人前で喋っているけれど、新入社員のころは、人前で話すのが苦痛で仕方なかった。当時の日記を読み返したら「もう一度生まれなおすとしたら、スピーチのない社会に生まれたい」と書いてあった(笑)。リクルートエージェントの社長になった時も、就任のスピーチの練習をするのに、抱いた猫に向かって「私は村井と申します」なんて、何度も練習した。引っかかれながら。今でも決して好きじゃないんです。

本誌 スピーチが嫌だから、役員を断ろうと思っていた?(笑)

村井 結婚式とかでスピーチするのも苦手です。

本誌 そんな村井さんが、昨年の冬、Jリーグのチェアマンにという打診を受けたわけですが・・・。

村井 最初は、全く冗談だと思っていました。でも、前チェアマンの大東さんと食事をした際に、「酒を飲む前に話しておきたいんだ」というから、これは本気だぞと。

本誌 その時はお断りになった?

村井 即答で、お受けしますと答えました。

本誌 これまでと全く違ったわけですね。

村井 長年積み重ねてきた経験から、自分の意思決定のパターンができていて、それは「緊張する方を選ぶ」ということ。人生が成功するかどうかの鉄則は100%これしかない。人間はうまくいくかどうかわからないギリギリのところで、初めて緊張する。楽勝の時には緊張しない。緊張を乗り越えたところにこそ、何かを掴む可能性があると確信するようになっていたんですね。

本誌 Jリーグはなぜ村井さんに白羽の矢をたてたんでしょう?

村井 そんなことわかりません。

本誌 6年前、リクルートキャリアの社長時代からJリーグの非常勤の理事になっていて、Jリーガーのセカンドキャリアの支援を行っていたという縁もあったのでしょうか?

村井 どうでしょう?でも、会社で言うと、社外取締役が社長になった感じですね。

本誌 そもそもJリーグってどんな組織なんですか?

村井 日本サッカー協会が、ホールディング会社のようなもので、その下に、高校サッカー、少年サッカー、フットサル、ビーチサッカーなどいろんな組織が連なっている。その中のプロサッカー部門がJリーグなんです。その中でも組織として大きいから、Jリーグのチェアマンは日本サッカー協会の副会長を兼任することになっているんです。日本サッカー協会は、たとえば「2050年までにW杯で優勝する」といような、日本サッカー全体の大きなビジョンをかかげて、全体を牽引していく役目。Jリーグはそのビジョンに向かって、全国にJクラブをつくって、日本中から優秀な選手が育つような環境をつくるのがミッションですね。

本誌 マネジメントという面では、企業経営と似ているところもありますね。

村井 それが、企業経営と違うのは、生身の人間を扱っているというところ。例えばフォルラン選手を連れてきたら、必ず勝てるかというとそうじゃない。どんなすごい選手でも、怪我をすることもあれば、チームにフィットせず活躍できない場合もある。投資に対するリターンが読めない世界なんです。非常に勇気を伴う、難易度の高いビジネスですね。そう考えると、ドキドキ感は半端じゃない。まだまだ緊張する場面はたくさんありそうですね。

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■会場のみなさんからの質問に、チェアマンが答えてくれました。

Q 先ほど村井さんは、緊張する方を選べとおっしゃいました。私は今就職活動中で、インターンやグループディスカッションに参加するうちに、緊張しすぎて、どうしたら良いかわからなくなって、行動するより、考えこむ時間が長くなってしまいました。

村井 はじめに手を上げてくれてありがとう。いま挙手するときに、あげようかどうしようか悩んだと思うんです。でも、あなたはそれをやったことで緊張感のある方を選んだ。経験値も必ず上がっています。この経験は必ずプラスになります。
私は30年間リクルートで人事をやってきて、人を見る目に関してはプロだと思います。そこで、ひとつ言えることは、人事のプロは緊張感のない学生は選ばない。
緊張するということは、困難に立ち向かって成長する可能性を秘めているということ。だから、緊張はポジティブに受け止めたらいい。「アンカリング」という手法があって、自分が緊張した瞬間を、シャッターを切るようにして記憶しておくんです。何か行動とセットにしておくといい。私は、ガッツポーズとセットにしています。それを繰り返していくうちに、いろんな緊張のレベルが記憶されてきて、あの時の緊張に比べたらまだまだだな、というふうにコントロールできるようになる。就活もそういう緊張感のなかでやるといいと思います。

Q アスリート出身ではない村井さんが、スポーツ団体のトップに立つ。日本では珍しいことですが、やりにくさは感じませんか。

村井 私には、この世界に対する先入観もないし、しがらみもありません。だから言いたいことが言える。それはJリーグにとって、すごくプラスに働くと思います。一方でサッカーやスポーツビジネスに対する知識や経験は圧倒的に少ない。だからそこにいま一番時間を使っています。まず、Jの51クラブ、全部を回ること。そしてクラブハウスから練習グラウンド、さまざまな施設を見て、スタッフの話を聞く。ひとつひとつのクラブに対するファクトを積み重ねている最中です。何かの議論になった時に「知っている」といえるかどうかは大きいですから。しかし、アスリートとしての経験はない。これはいまから手に入れることは不可能。だから理事会に、元メジャーリーガーの小宮山悟さん、マラソンの有森裕子さん、そして元サッカー日本代表キャプテンの宮本恒靖さんにブレーンとして参加してもらっています。プロスポーツのビジネスについては小宮山さん、サッカーについては宮本さん、世界的なアスリートとしての見識の広さは有森さんに委ねています。そういうチームを作ることで、私自身を補完する。Jリーグをもっと良くしていくとう夢があるから、みんなでそこに向かって協力していくんです。

Q インターンシップで、スピーチがうまくできないんです。どうすれば、うまくできるようになりますか?

村井 上手か下手かは、あまり関係ない。伝えたいことがあるかどうかが重要だと思います。伝えたいことがしっかり見えていれば、しどろもどろのスピーチでもかならず大人を説得できます。私もうまくいかなかったときには、「伝えたいことがなかったから、うまく行かなかったんだ」と反省するようにしています。

Q 村井さんは、なぜ仕事をしているんですか?どうやって、仕事に対するモチベーションを保ち続けているんですか?

村井 一言で言うと「ライブ」ですね。以前、リクルートエージェントの社長をやっている時に、『日経ビジネス』の「働きがいのある会社」で第1位に選ばれた。そのときに紹介されたコピーが「拍手と握手のある会社」。拍手っていうのは、ライブじゃないと起こらない。つまり再現性が担保されている情報には、拍手は起こらないんです。コンサートでは総立ちになって拍手するけれど、CDではしない。映画館だって、まれにあるけど、ほとんど拍手は起こらない。TVだって。マニュアルの整備された会社で、仕事の再現性が担保さてれていくと、拍手は起こらなくなるんです。私は、拍手の起こる組織がすごく好きで、それがいい会社の条件だと思っています。Jリーグのスタジアムだってライブでしょう。「ウ・ラ・ワ〜」なんて、自分の街の名前を大声で叫ぶなんて、日常じゃありえない。もっともっと拍手の起こる社会を作っていきたいなと思っているんです。それが、モチベーションといえばモチベーションかな。

Q 強いクラブチームには、どんな特徴がありますか?

村井 サッカーは0.1秒相手より早く足が出るかどうか、0.1cm外れたかどうかで勝負が決まります。そんなギリギリの世界で、日本人がどう戦うか?南米の選手がよく言うマリーシア、駆け引きは日本人には向いていないと思うんですね。フェアプレイで全力を出しきる。そういう戦い方のほうが、日本人のDNAに直結していると思うんです。今シーズンはJ2で、湘南ベルマーレが快進撃を続けています。2012年に反町前監督からチームを引き継いだチョウ監督のコンセプトは、とにかく縦に走る。『縦の美学』っていう本をつくっちゃうくらい、徹底している。チョウ監督がよく言うのは「我々はプロの興行なんだ。勝ち負けよりも、とにかく全力でプレーすることが大切。だから簡単にバックパスは出さない。スタジアムに足を運んでくれた観客に、どんどんゴールに向かっていく姿を見せようじゃないか」。非常に明快なコンセプトが、チーム全体に浸透している。そういうクラブが、いくつかありますね。トップの方針が骨の髄まで浸透している組織は、強い。これは企業も同じ。やはり監督、リーダーの資質が重要です。

全員 ありがとうございました!(全員拍手)

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